エイトマンの無限の地平線

アクセスカウンタ

zoom RSS 沖縄に行ってきました(その2)

<<   作成日時 : 2009/11/12 00:11   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

 沖縄観光旅行二日目(11月7日)のお話。【前日のブログで出発を5日と書きましたが6日の間違えでした。】

 前日の泡盛が効いて目が覚めたら9:00を廻っていた。二日目は『首里城』『沖縄平和公園』『ひめゆりの塔』を廻る予定だ、夕方には結婚式に参列する同僚を那覇空港へ迎えに行くため今日一日は余り時間がない。
 早々に朝食を摂り『首里城』へ向かう、今はレンタカーといえど「NAVI」&「ETC」は必ず装備されており、始めてきたところでも迷うことなく目的地へ行くことができる。

画像


 今回一緒に観光している同僚とはブラジルにも一緒に出張した経緯がある、那覇の町並みを見ながら二人して「ここはアメリカの街と言うよりはブラジルのサンパウロを小綺麗にしたのに似ている」と共感した。街の地形もマクロ的に見ると平地だがミクロ的に見ると丘が多く坂道も多い。家の造りも木造平屋は少なくコンクリートの建物で更にひさしが長く窓には鉄格子がはまっている、ただ違うのはサンパウロの場合は強盗対策の鉄格子だが那覇の場合は台風により飛んでくる物への対応だ。

 『首里城』は歴史ある建物かと思っていたが、第二次世界大戦の沖縄戦時に日本軍の司令本部として使われていたため砲撃を受け消失してしまった。その後は琉球大学が建てられ再建されたのは1992年だ。

画像


『守礼門』は昭和8年に国宝に指定されたが戦争で消失し1958年に再建された、現在は県指定の重要文化財となっている。

画像


まだ再建は続いていて、全てが完成すると「行政空間」「祭祀空間」「住居空間」の三空間ができる予定だ、しかし今はまだ「行政空間」のみの約三分の一がができているだけだ。

 首里城の中では琉球舞踊が行われていた、ゆったりと流れる琉球音楽と舞踊を見ているとブラジルのテンポを思い出し、東京に戻ってあくせく仕事をする気が蒸発していくようだ。

画像


 次に『沖縄平和公園』行った。米軍は私達が今夜泊まるホテルのある残波岬から上陸を開始し、南下を続け沖縄平和公園がある付近にて終焉を迎えた。平和公園には戦没者の名前を刻んだ碑が並ぶ、その碑の一番端にはまだ名前が刻まれていない。沖縄戦で戦死した人の数は24万人と言われている、韓国・北朝鮮・台湾から多くの人が日本軍に徴兵され沖縄戦で戦った、外国から徴兵された人は終戦後に自分の祖国に帰国されたため未だに戦死したのか生きているのかが確認が取れず、碑に名前が刻むことが出来ない状態だ。

画像


 平和記念公園には全国から沢山の高校生達が修学旅行に来ていた、青い空と青い海をバックに両手でピースサインを作り記念写真を撮っているのを見ると、たかだか60数年前の戦争はいったい何だったのだろうかと改めて考えさせられる。しかし私の娘も今年沖縄に修学旅行に行った、彼らの親たちも私と同じで戦後生まれのはずだ、私もそうだが戦争とは何かなど子供達に語れるわけもなく仕方のない光景なのかもしれない。また同じ過ちを繰り返さないことを願うだけだ。

画像


 『ひめゆりの塔』は時間がなくなり駆け足で見て、同僚を迎えに那覇空港へ向かった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
本日のコースは、沖縄修学旅行のベーシックコースです。過ちを繰り返さないため、戦争の体験は後世へ伝えなければいけないと思います。どうしても時がたつにつれ、体験が歴史に変わり、実感は薄れていきます。それはいたしかたないことでしょうが、自分たちの言葉ででも伝えていくのが、平和な時代で生まれ育った我々の務めだと思います。
橋吉
2009/11/12 07:08
沖縄は第二次世界大戦での悲劇はもとより、もっと過去をたどれば、元々は独立した国でした。沖縄の人にはなんの罪もなく、戦争に巻き込まれて現在に至っています。現在でも米軍基地問題で沖縄県民には迷惑をかけているわけで、本土に住む日本人の一人としてどう接してよいのか複雑な思いです。
ガス山
2009/11/12 07:47
橋吉さんへ
その通りですね、ネガティブなことを考えてはいけません、戦後生まれでも自分なりの考えを持って語り平和を願うばかりではなく、平和にしていかなければなりませんね。
エイトマン
2009/11/12 08:56
ガス山さんへ
沖縄は明治時代になるまでは琉球国として独立していましたね、首里城の特別展示で「江戸時代の琉球」を行っていました。
沖縄の基地問題はかなり根深いと思います、沖縄に行ってみてはじめて解ったのですが、どこに行っても米軍の基地が有ると言う感じです、これを全て無くしたら産業が少ない沖縄では経済的に成り立たないと思われます、首里城がすべて完成しても観光収入だけでは無理なのではと思う。
エイトマン
2009/11/12 23:00

コメントする help

ニックネーム
本 文
沖縄に行ってきました(その2)  エイトマンの無限の地平線/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる